ボクの細道は、盛岡まで行こうとおもっていたのだけど、そこまで行けることはとてもなく…。
山形県の山寺で、松尾芭蕉が通った奥の細道に行った。僕は松尾芭蕉のことは旅好きな俳人ぐらいしか知識がないけれど、現代で考えれば、自分の表現で飯を食っていくことをした人だ、しかも旅をしながら。かなりファンキーな存在だったのだなと思える。
宮城県では、3.11の震災に遭った現場を通った。家屋がなくなり平地になっている場所に、もう雑草が生えていた。
人と雑草の再生速度なんて比べものにならないが、強靭さでは人もきっと負けないはずだと思う。
しかし、人が強靭さを保つには明るい未来や希望が必要だと思う。目標と対峙する熱い眼差しを持たなければ、前へ向かう強靭さは生まれて来ない。
津波で押し流された船に、「ガンバロー大曲」と赤いペンキで大きく描かれていた。
頑張ろうという言葉は、この旅で何度も見かけた。それは、どれも印刷されたものだった。手書きで生々しく書かれた頑張ろうは、もっと肉迫した感情を伝えて来ていた。これは、人が生きているのだということを実感させる文字だ。
強く生きていること、前に向かっていること、それはお金でも安心でもない、足場は不安定な場所だとしても、僕は私は、未来を見ているのだという実感に他ならないと思った。
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