連休があけて二日目。今日も雨が降っています。
僕が出かけた5月4、5、6日は、出発を決定した10日まえの予報では、3日間とも晴れの予報でした。
しかし日が近づくにつれて予報は雨へと変化をして、結果最終日は僕の通る地方はすべて雨。
子供の頃から、遠足や出かける予定は雨率が高かったです。
きっと出かけるときの雨と晴れの割合は、半分半分なのでしょうが、晴れを期待した旅のときに雨が降ると、その雨はとてつもなく印象的で、自分の希望通りに天気も予定も運んだときの記憶よりもきっと長続きするのでしょう。
今回の旅は、カレンダーにそった連休をどのように過ごすか考えたときの旅行プランでした。
長野、実は隣県でありながら一度か二度しかいったことがなく、目的もスキーのためであったりで土地柄を知らない場所でした。
しかし僕のルーツの片方はその山間の土地にあり、僕の大好きだったじいちゃんとばあちゃんの家のにおいはあの場所から運ばれてきたものでした。
旅の大義名分として、
「祖母に生まれた土地の写真を撮ってきてあげる」
をかかげ、長野の温泉に入りまくるつもりだった僕の旅は、見事に雨によって大義名分をかなえることが精一杯の旅になりました。
日頃の行いと下心のせいでしょうか。
とはいえ、自分の記憶とは全くつながらない土地と人々に自分のこの体が出来上がった起源を感じた旅となりました。
僕の日常は、東京の周辺で繰り広げられることで続いてきています。
そこから考えると、「長野にある日常は結構違ったものなのかな。」なんて考えたりしました。
また、降雨のために見た景色もありました。
残念ながら写真には収めている余裕はありませんでしたが、雲の中に包まれていく山々、また雲の中を走る自分の身体。
これはバイクに乗るようになって体感したあたりまえのことですが、雨は雲の下に降っています。
あたりまえですが体感は実はなかなかないと思います。
雲の下にいるから、雨が降っていて、つまりは雲の下から抜け出れば雨は降っていないのです。
僕は動く手段が徒歩や自転車しかなかった子供の頃は、雨の境目を体験したことがなく、自分の生きている世界が雨なら、どこへ行っても果てしなく雨が降っているようなそんな想像を持っていました。
バカな子供ですが、それが僕の身体を通して知ったことでした。
僕が思うに身体を通してとはどんなシーンでも言えることで、つくえの上で覚えたことは役には立ちますが、やはりそれを理解するにはトライをしていかないと理解には及ばない。
そんなことを旅を通してまたも感じました。
バイク走行500キロ。
今後は体力的につらさを感じた今回のバイク旅行ですが、また長野へは訪ねたいと思います。
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